夜香花
「それでもここに住みたいって思うのは、ここが故郷だからじゃないの?」

 なるほど、子供にしては多少鋭いかもしれないが、単純な考えとも取れる。
 特に深成のことをおかしく思うこともなく、男は一つ頷いた。

「そうかもな。普通は、そうだ。お前さんの言うとおりだよ」

 そして男は、深いため息をつくと、椀を片付けながら、ぽつぽつ語り出した。

「わしは厳密には、ここで育ったわけじゃねぇ。わしがお世話になったお方の故郷っていうのかね」

「お世話になった人? その人が、ここに住んでたの?」

「ここかどうかは、わからねぇよ。ただ、確かにこの辺りに一時期滞在していたっていうのは聞いていた。あわよくばお会いできるかと思って、この山に入ったんだ。でも愕然としたぜ。この辺りだけじゃない、向こうのほうまで、ずっと一面焼け野原だった」

 当時を思い出すように、男は遠くを見る目になって続ける。

「わしも、結構な傷を負ってたし、足を撃ち抜かれて歩くこともままならねぇ。今更山を降りても、敵に見つかって首を取られるのがおちだ。別にわしは、どうしても生きなきゃならねぇ理由なんざなかったが、おめおめ死ぬのも馬鹿らしい。そいで、かろうじて家の骨組みが残ってたここを建て直したのさ」
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