夜香花
第十八章
「んじゃあ、おじちゃん。ありがとう」

 次の日のまだ早朝、捨吉は男にお礼を言って、家を出た。
 深成はまだ眠いらしく、捨吉に手を引かれたまま、ごしごしと目を擦っている。

「本当に、もう行くのか。確かに早くに出ねぇと、伏見まではきつかろうが」

「うん。とにかく早くに伏見のほうまで出てしまいたいんだ。伏見を抜けたら、ちょっとは戦もましになるだろ」

 水を入れた竹筒を腰に結わえながら言う捨吉は、とにかく気が急いてしょうがない。
 急いで伏見に行けば、頭領に合流できるかもしれない、という気持ちがあるのだ。

「そうだ。ねぇおっちゃん。そのお世話になった人ってのは、どこぞの殿様に仕えてたんだろ? てことは、伏見に屋敷があったりするんじゃない? 以前にあそこら辺を通ったとき、大名屋敷が並んでたよ。泊めてもらったお礼に、何かお伝えしたいことがあったら聞いて行こうか」

 男が仕えていた人物というのが誰なのか、手がかりを掴みたい。
 が、あからさまに聞くわけいもいかず、捨吉は最後の布石を打った。
 これで駄目ならしょうがない。

 男は少し驚いたようだが、すぐに、ぽん、と捨吉の肩に大きな手を置いて笑った。
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