夜香花
「ふむ。父上って?」

 ふるふる、と深成は首を振る。
 捨吉は、深く追求することなく話を打ち切った。

 あまりここで沢山聞き出したところで、覚えていられなかったら意味がない。
 それなら真砂の元に戻ってから、報告がてら一緒に聞き出したほうがいいだろう。

「じゃ、とりあえずはもう一度、細川屋敷のほうまで回って、里に帰ろうか」

 とはいえ、また同じ道を行くと、あの男に会いかねない。
 男の言伝のことは気になったが、大谷屋敷のことは、真砂に聞けばいい。

 その後五助という人物を捜しても、今まで消息もわからなかった男からの言伝だ。
 さして遅いということもないだろう。

「ま、いいや。とりあえず、ここから最短距離で細川屋敷まで行くとなると……」

 考えつつ周りを見渡す捨吉に、深成はきょろ、と首を巡らせ、つい、と指を挙げた。

「多分、あっち。さっきのおっちゃんの家が、あの辺でしょ。ここをあっちに行くと、あの家からずっと降りたところに出るはず」

 え、と少し驚いて、捨吉は深成をまじまじと見た。

「道、全然覚えてないんじゃないの?」

「そう思ってたけど。見てなかっただけで、感覚では覚えてた」

 捨吉は、訝しげな顔で深成を見た。
 見てないのに感覚で覚える、とはどういうことか。
 深成も少し困ったように、小首を傾げた。
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