夜香花
「……何でよ」

 真砂の質問の意図がさっぱりわからず、深成は訝しげに彼を見た。
 そこで初めて、頬が触れるほど真砂に接近している自分に気づく。

 小さな懐剣の、さらに一点を二人して見ていたので、当たり前といえば当たり前なのだが、全く警戒心なく至近距離にまで近づいてしまったことに、深成は仰天した。
 慌てて深成は、仰け反るように後ろに下がった。

「そ、それはさぁ、たら姫を守るためにも役立つだろうって、爺が持ってなさいってくれたんだよ」

「へぇ? お前はそういう風なことも、請け負ってたのか?」

 動揺する深成を気にもせず、真砂は淡々と言う。

 幼い頃から主を守るよう教え込まれて育つ者も、確かに名家に仕える家の子供ならあり得る。
 深成もそうだったのだろうか?

「いや。ほら、あんたたちが攻め込んでくる前からさ、屋敷内は不穏な空気が流れてたし。戦が今にも起こりそうな雰囲気は、城下にはあったから、万が一のためって感じだと思う。ま、実際はそんな危険を冒すこともなく、ちゃんとした家臣に付き添われて、たら姫様は、とっとと逃げたわけだけど」

 拗ねたように、口を尖らせて深成が言う。
 やはり、あまりたら姫とは仲良くなかったようだ。
 侍女とはいえ、仲が良ければ、置いて行かれることはなかっただろう。

「何だ、お前。大事にされてなかったのか」

 捨吉が、ぽん、と深成の頭に手を置いた。
 可哀相に思ったらしい。
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