夜香花
「自分の遊び相手だった同じ年頃の子を置いて逃げるなんて、勝手なお姫様だな」

 撫で撫でと、頭を撫でる捨吉に、深成は不思議な気持ちになる。
 このように優しくされたことなどない。

 爺も、考えてみれば優しくはなかったのだ。
 いつもどこか一歩下がって深成を見ていて、常に壁があった。
 言ってみれば、爺は深成を上に見ていたため、何となく甘えることは許されない感じがあったのだ。

「だからお前は、この懐剣を使うことなく、今に至る、と」

 当然の如く、真砂はそんなことは気にしない。
 どうでもいい、というように、話を進めた。

 あ、と深成が、何か思い出したように、真砂ににじり寄った。

「そうだ。あのとき、一回だけその懐剣使った。あんたの腕、裂いたじゃん」

 そう言いながら、深成は真砂の手を掴んで、刃をひっくり返す。
 今まで見ていた懐剣の鈨(はばき)近くに、顔を近づける。

「ほら。わらわ、刀の手入れなんて知らないから、どうすればいいのかわかんなくて。ここ、ちょっと汚れてるでしょ」

 深成の指先をよくよく見れば、確かに白銀の輝きが、僅かに鈍い箇所がある。

「ちゃんと手入れしないと、使えなくなるぞ」

「だって、わかんないんだもん」

「お前の知識は、ほんとに半端だ。いくら能力が高くても、武器が使えないようなものだったら意味ないぞ」
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