夜香花

「逃げるってことは、あんた、やっぱり真砂様に手ぇ出してたんだねっ！」

　千代はそのようなことには気づかないらしく、ただ深成に向かって拳を振り上げる。
　ずっと真砂の家にいるお陰で、千代も今では特に深成に対して命を脅かすような攻撃は仕掛けない。

　真砂の家にいることを、真砂自身が認めている（ように見える）のなら、里の者としては、深成を殺すわけにはいかないのだ。
　頭領が存在を認めている、ということになるからだ。

　だが千代からすると、深成がべったり真砂に引っ付いているということは、当然ながら面白くない。
　嫉妬故の攻撃は、遠慮なく仕掛ける。

「降りてきなっ！　この女狐っ！」

「何でよっ！　別にわらわは、真砂に手出したわけじゃない！　そんな奴に出すわけないでしょっ！！」

「何だって！　真砂様に向かって、何て口利くんだいっ！　大体さっき、真砂様の手握ってたじゃないか！　あんたが真砂様に触れるなんて、十年早いんだよ！！」

　きいぃぃっと嫉妬心丸出しで怒鳴る千代を見下ろしながら、深成は器用に梁の上で寝そべった。
　色恋が絡むと、千代は手が付けられない。

　しかも深成には理解不能なことを、まくし立てるのだ。
　これはこのままやり過ごすほうがいいと、深成は耳を塞いで顔を背けた。