夜香花
「草、という忍びを知っておるか?」

「草?」

「討つべき標的の身近に、長年に渡って仕えて信頼を勝ち取る。十分に信頼させた上で、裏切るのじゃ」

「え。そんなの、成功するもの? いくらお側に仕えてても、それなりの人なら、そんなすぐに他人を信用なんてしないでしょ?」

「そう。じゃから草は、常人では考えられないほどの時間をかけて、敵の懐深くに入り込むのじゃ。お前さんが草としよう。今はまだ子供じゃが、あと何年かで、お前さんも娘になろう。そこそこの娘盛りともなれば、頭領だって男じゃ、お前さんと、身体の関係も出来るじゃろう。お前さんは元々頭領の家におるわけじゃから、自然とお前さんの相手は頭領だけとなる。そうなれば、お前さんが孕めば腹の子は間違いなく頭領の子じゃ。確実に己の子となれば、いかな頭領とて、少しは情が湧くのではないか? そして、もちろんお前さんにもな。子が大きくなり、懐くようになれば、家族としての空気も出来てくるじゃろう。そうして初めて、草は牙を剥く」

「……」

 長老はわかりやすいように、具体的な例を挙げて教えてくれたのだろう。
 だがその例が悪かったのか、深成は眉間に皺を刻んだまま、空(くう)を睨んでいた。

 己と真砂がそういう仲になり、さらに子までもうけ、あまつさえ幸せな家庭を築くなど……。

 だが最後の言葉に、思わず深成は上体を起こして、長老を覗き込んだ。

「ええっ。そんなの、そこまで我慢できるもの? 一体何年がかりなの。一年二年の話でもないよね?」
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