夜香花
「信じる? 疑いはあったの?」

「攻めてきた敵が口走ったんじゃよ。いきなりこのような山奥に、軍勢が来るわけない。驚いている我らに、敵の一人が草の存在をほのめかした。はっきりそれが誰とは言わなんだが」

 だがそれなりの忍びであれば、『草』と聞いただけで、対象を絞ることが出来る。
 草というものを知っていれば、相当昔に里に入った者だということがわかる。
 そうなれば、おのずと限られてくる。

「『草』は長年に渡り、懐深くに入り込む。それは知っておったに、まさかここまでとは。戦の最中、主を持って戦っておれば、忍びの中にも草を忍び込まそうとすることはあろう。じゃが、当時は戦は終息しておった。町の戦は終わったところとはいえ、我らの里はすでに、単なる静かな山里だったに、そんなところにわざわざ草を入り込ませるなど、まるで思いもよらなんだ」

 敵の口から『草』という言葉が出ても、しばらくは何のことだかわからなかった。
 御影が娘を連れてきたのは、もう十数年も前のことだ。

「草の恐ろしさを、思い知った」

 長老が、手で顔を覆って、呻くように言う。
 深成は聞いた話を反芻しながら考えた。

「真砂のお母さんは、攻めてきた軍勢側の人間だったってことでしょ? なら何で、一緒に殺されたの? 目的を果たしたら、敵陣に走ればよかったんじゃないの?」
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