夜香花
 ふと疑問に思ったことを聞いてみる。
 そもそも仕上げとして内情を流すときに、外と連絡を取ったはずだ。
 普通であれば、そこで戻るはずなのだ。

 何故真砂の母は、仕上げの後も里に留まったのだろう。

「そこが、あの娘が草になりきれんかったところじゃ。さっき、お前さんも言うたように、長年共にあれば情が湧く。まして子など、産んだ女子からすれば、そう簡単に捨てられるものではない。共にある時間が長ければ長いほど、思い入れも深くなる。己が幼い頃から一緒におった御影じゃ。娘も、身を切られる思いで、最終的に御影と頭領を選んだんじゃ」

 駆けつけたときに、まだ僅かに息のあった娘が、涙ながらに全てを告白したのだという。

「草としては、失格じゃな。……いや、敵方は襲撃に成功したわけじゃから、計画自体は成功か。娘は結局、元の主よりも、御影と頭領を取ったのじゃ。じゃが忍びとしての基礎がしっかりと身に染みている者は、何があっても仲間を裏切ることはせん」

「仲間を見捨てることが出来なきゃ駄目だって言ったじゃん。おかしくない?」

「見捨てるのと裏切るのは違う。忍びは己のことよりも、党全体のことを考えねばならん。己が死ぬことで党が救われるのなら、躊躇いなく自害する。己が見捨てられることで党が救われるのなら、捨て置かれることを望む。忍びたるもの、そうでなくてはならん」
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