夜香花
「『さっさと逃げていれば、自分だけでも助かったかもしれんのに』とな」

 深成は目を剥いた。
 五つの子供が、血の海の修羅場で泣き喚くでもなく、そんなことを言うとは。
 自分が今そういう目に遭っても、そこまで落ち着いていられるだろうか。

「御影と娘の血に汚れて、二人の屍を見ながら淡々と言う頭領には、正直ぞっとした。幼い外見に似合わず、妙に冷めた目で両親の亡骸を見ているんじゃ。どういう子供か、と思った」

 それから真砂は、この長老に引き取られて、共に暮らしていたらしい。

「じゃが別段何をしたわけでもない。頭領は、いつも気づくとどこにもいない。また、ふと気づくと部屋の隅で丸まって寝ている。こちらの用意しておいた食事にも一切手を付けないし、寝ているところへ筵をかけてやろうとすると、飛び起きて逃げる。まるで野良猫のようじゃった」

 そういえば、前に真砂に、野良猫だって言われたな、と、どうでもいいことを思い出す。

「ずっとそうじゃったが、どこでどう習得したのか、十を過ぎる頃には、一人前の乱破になっておった。人を寄せ付けないのは、相変わらずじゃったが。やはりあの事件の衝撃は、大きな刃となって頭領の心を切り裂いたのじゃ。人としての心が、完全に壊れてしまった」

 だから、真砂は人を信用しないのか。
 一番信じるべき親が裏切り者だったため、誰も信じられなくなったということか。

「でも、お父さんもお母さんも、真砂を可愛がってたんでしょ? いくら人間不信になっても、あそこまで非情になれるかな。人を信用しなかったら、自然に情も湧かないものなの?」

 何故僅かな情まで、真砂は否定するのだろう。
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