夜香花
「それはのぅ……。頭領の言うとおり、御影も娘も、逃げようと思えば逃げられたからじゃと思う。御影は一応乱破じゃし、攻めてきた兵は普通の武士。皆、そう手練れでもなかった。故に我らも、全滅せずに済んだわけじゃし。数が多く、火を放たれたため、多くの死傷者を出したが、伊賀の乱よりはマシじゃった。御影は娘と頭領を守るため、娘も頭領を守るために命を落としたんじゃ。二人とも、己のことだけを考えて逃げておれば、助かったやもしれん」

「そんな。ちっちゃい真砂を置き去りに出来るわけないじゃん。自分の子だよ?」

「普通はの。じゃが頭領は、己を想う故に命を落とした両親を見て、人を想う感情など、足枷以外の何ものでもない、と悟ったのじゃ」

 深成は唇を引き結んで空(くう)を睨んだ。
 すでにかなり夜も更けたのに、眠気も吹っ飛んでしまった。

 自分が今、そういう目に遭っても、それほど徹底して情を排除できるだろうか。
 真砂は、自我が育つ前にそのような衝撃を受け、故に、より純粋に、余計な感情を排除してしまったのではあるまいか。

「じゃが、その人間的な感情がない分、頭領は類を見ない天才的な乱破となった。乱破の任務は、確かに情に流されていては、こなせないものばかりじゃ。一流の乱破であっても難しいことを、感情のない頭領は難なくこなせる。『情ある乱破は自滅する』……頭領は、両親のことを言ってるんじゃよ」

 静かに言う長老に、深成は目を閉じた。
 そこまでの下地があるなら、真砂のあの性格も納得できるというもの。

 考えれば考えるほど、もやもやした澱のようなものが心を満たす。
 眉間に皺を刻んだまま、深成は、ぎゅっと目を瞑り続けた。
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