夜香花
「真砂様っ! 小娘ぇっ!!」

 千代が喚き、着物を脱ぎ捨てて立ち上がろうとする。
 だが深成は、真砂を睨んだまま怒鳴った。

「千代は動かないで! わらわの的(まと)は、真砂だけなんだから!」

「んなっ!」

 幼い深成に引っ込んでおけと言われたようで、千代は激昂した。
 傍にあった真砂の刀を掴むと、鞘を払って向かってくる。

「お前なんかに、真砂様がやられるか! 思い上がりも大概にしな!!」

 吠えつつ、深成に刀を振り下ろす。

「くっ……そおぉっ!」

 深成は千代に背を向けている。
 このままでは、真砂を斬るどころか、千代に斬られてしまう。
 しかしここで千代に身体を向けると、おそらくその瞬間に、真砂に殺されるだろう。

 深成は吠えると、真砂の胸倉を掴んで、思いきり身体を沈めた。
 思いも寄らない深成の行動に、真砂は驚いたようだ。
 深成に引っ張られ、真砂も同じように、その場にしゃがむ。

 その頭上を、ぶん、と千代が振るった刀が空を切った。
 すかさず深成は、千代の足を蹴りつけた。
 千代が横倒しに倒れる。
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