夜香花
『ほぉ。どこに』

『殿様は、誰の指揮下にいるのかのぅ』

『殿様の軍勢は、どれほどのものじゃ? 殿をお守りできるほどは、おらねばなるまい』

『殿がこうも戦に出ずっぱりだと、お方様も心配じゃろうなぁ。今度は殿は、どこに出兵しておるのじゃ?』

---あ~、やっぱりこう考えてみると、爺はわらわを間者として使ってたんだなぁ……。でも何で、わざわざわらわなんて使ったんだろう---

 不意に視点が爺の背ではしゃぐ幼い深成から離れ、それを見ている『自分』の中に冷静な疑問が湧いた。

 同時に周りの景色がざっと流れ、深成は大きな山小屋の中の囲炉裏にかかった鍋を、必死で眺めていた。
 鍋からは、良い匂いが漂っている。

『ねぇ爺。もう食べてもいいかな?』

 わくわくと目を輝かせている深成に、爺は苦笑いを返す。

『もう少しじゃ。もう一煮立ちしたほうが美味くなる』

 待ちきれない、と言いながら、鍋に熱い視線を注ぐ深成に、ふと爺は真剣な表情を見せた。

『深成や。そなたもそろそろ、分別のつく頃じゃ。己のことを、将来疑問に思うことも、あるやもしれぬ』

 そう言って、爺は居住まいを正すと、平伏せんばかりに深々と頭を下げた。

『どうしたの。爺がそんな頭を下げるなんて』

 驚いて身を乗り出す深成だが、爺はしばらくそのままの姿勢でいた。
 本来のあるべき姿を取ったのだが、当然深成にはわからない。

『お前様が、深成を名乗ることになったのは……お父上と殿が、身の上を案じたが故のこともあろうが。考えてみれば、可哀相であったやもしれぬな。本来であれば、このように家臣に傅かれておったというに』

---家臣に傅かれて……?---

 また冷静な自分が思ったとき、いきなり激痛が走った。
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