夜香花
「一太刀も浴びせられなかった、と思ってたけど、一応傷は付けたんだ。って、そう思えるほどの傷でもないし。一太刀って言えるほどの傷でもないし」

 きゃきゃきゃ、と笑う深成の目から、ぼろ、と涙がこぼれた。

 情けない。
 何と己は非力なのか。
 命を捨てる覚悟で、本気で挑んでこの様(ざま)だ。

 敵に大した傷も付けられないまま、あっという間に殺されるのがおちだ、ということだ。
 悔しくて、深成は床に突っ伏して泣いた。

「……お前はまだまだ、力を出し切ってないだろう」

 ぼそ、と聞こえた低い声にも、深成は耳を貸さずに泣き続ける。

「お前がもう少し大人になって、存分に力を発揮すれば、あんなもんじゃないはずだ」

「あ、あんたに、わらわの何がわかるっていうのさ! わらわがどんだけ必死であんたに向かっていったか、わかってないでしょっ! いつだって涼しい顔してさ!」

 えぐ、としゃくり上げながら、深成が叫ぶ。
 涼しい顔ね、と思いつつ、真砂は頬の傷跡を撫でた。
 この傷を付けたことに、深成は何も思わないのだろうか。

 己の傷と、真砂の頬の傷を比べて、情けない、と思ったようだが、深成は一番初めも、真砂の腕に傷を付けているのだ。
 どちらも不意打ちだが、だからといって、必ず傷を負わせられるわけではない。

 まして真砂など、不意打ちなど慣れたものだ。
 真砂に仕掛けられる攻撃は、全てが不意打ちといっても過言でない。
 でないと到底仕留められないほどの手練れなのだ。

 だが真砂は生きている。
 今までどんな不意打ちを食らっても、それが成功したことはないのだ。

 その真砂が、浅傷(あさで)とはいえ、二度も深成には傷を付けられている。
 真砂が手を抜いたわけではない。
 深成には、この歳にしてそれだけの力があるのだ。
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