夜香花
 一方深成は、何をしても大して相手にしない真砂を不満に思い、もう一本の魚も奪ってやろうか、などと考える。
 それでも何となく、また冷たい目で見られるだけのような気がする。
 真砂の心底馬鹿にしたような、冷ややかな視線は、なかなかいたたまれないのだ。

 それに奪ったところで、さすがに魚二匹は食べきれないな、と思い、とりあえず深成は、目の前の魚を平らげることに専念した。

「そか。肉を食べなくても、魚を食べてれば大きくなれるか」

 ふと、深成は赤目の山の中で会った男を思い出した。
 真砂のところに来てから、肉というものを見たことがなかったので、真砂も肉を食べないものと思っていたが、そういえばここには川がある。

「赤目の里で会ったおっちゃんが、猪鍋をご馳走してくれた。美味しかったなぁ」

 しみじみと言う深成を、真砂はまた、この上なく冷めた目で見る。
 里の者からの差し入れであっても絶対に口にしない真砂からすると、見も知らない会ったばかりの男からの施し物など、あり得ないのだろう。
 だが深成は、そんな真砂に向かって、べ~っと舌を出す。

「あんたみたいに、根っから人を信じない奴は、到底あんな美味しい物にはありつけないんだから」

「人など、信用する生き物に値せん」

 さらりと、信じられないことを言う。
 驚いた深成だが、長老の話を聞いた後では、真砂がそう思うようになっても仕方ないかな、とも思う。
 一番信じるべき親が、裏切り者だったのだ。

 じぃ、と深成は、椀を啜る真砂を見た。
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