夜香花
「お前も見ただろう。そこに施された家紋だ」

 真砂が言うのは、刃に隠れるように施された、二種の家紋のことだ。

「それこそ、いざというときのために、お前の身の証明のために持たされたんだろう。そのうち西軍は東軍とぶつかるだろうから、その混乱に乗じてお前を取り返すつもりだったのか。懐剣を渡したのは、万が一のときの目印だったのかもな」

 もっともお前を取り戻す前に、舘が落ちたのは計算外だっただろうがな、と呟き、真砂は茫然としている深成から視線を切った。

「ま、とりあえず東軍の屋敷に入れておけば、間者としても役立つし、西軍が負けても懐剣の秘密さえバレなければ生き延びられるかもしれん。とにかくお前を生かすことを考えていたのか?」

 湯浅五助が死んでしまえば、深成のことを直接知る者は、おそらくいなくなる。
 記憶のないぐらい昔に、もしかすると親や大谷の殿に会っているかもしれないが、今会ってもまずわからないはずだ。
 今の深成を見て、すぐに彼女の正体を見破れる者は、そうそういないだろう。

「その懐剣さえどこかにやってしまえば、厄介なことにはならんかな……。いや」

 深成の身体能力は、並みではない。
 明らかに、忍びの手練れに手ほどきを受けたものだ。

 『深成』を名乗っているのも、ただ名を隠すだけのものではあるまい。
 確かに、忍びの『深成』に関係はあるだろう。

 真砂は呻いた。
 やはり、どう考えてもこの小娘を取り巻くものを考えると、結論は一つしか出ない。
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