夜香花
 清五郎が顔を覗かせたときには、真砂は部屋の中で身を起こしていた。

「曲者を一匹、捕まえたぜ」

 戸口で清五郎は、ちょい、と外を指す。

「忍びの者か?」

 特に驚くことなく、真砂が言う。
 何となく、ここ最近の城下の動きから、予期していたことだ。

「ああ。首に印があった。もうちょっとで、里の中に入り込めそうだったしな。身のこなしも鋭い。足の腱を斬ったから、そう自由には動けんだろうが、油断は禁物だな……。猿轡(さるぐつわ)を噛ませて、中央の木に縛り付けてある」

「そうかい」

 ふ、と息をついて、真砂は部屋の奥を見た。
 相変わらず緊張感なく、深成はぐーすかと健やかな寝息を立てている。
 傷が治って間もないので、仕方ないといえばそうだが、ここまで来ると、いっそ羨ましいほどだ。

「その忍びがどこから、何の目的でここに来たのかにもよるが。それなりの忍びなら、そう簡単に口は割らんだろうな」

 忍びの者は、密命を漏らすことはない。
 捕らえられても拷問されても、決して口は割らないものだ。

 捕らえられたら、己(おの)が命をもって、密命を闇に葬る。
 そのため、猿轡は外せない。
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