夜香花
「何故なんだ……」

 そう考えてみれば、真砂は人の寝顔というものを見たことがない。
 里の誰も、真砂の前で眠るなどということは出来ないのだ。

 唯一真砂と夜を過ごすことが出来る千代ですら、そのまま真砂と共に眠ることはない。
 用が済むと、とっとと追い出されるからだ。

 真砂自身、他人の前で眠ることはしない。

 そういえば、俺もこいつの前では眠ることがあるな、と思い当たる。
 もっともそれは、深成がぐーすかと正体なく眠りこけてから、目覚めるまでの間なので、深成は知らないだろうが。

「何が?」

 思わず口に出してしまった真砂の呟きに、深成が首を傾げる。
 真砂は首を振った。
 今はそんなことは、どうでもいい。

「起きてたんなら、聞いていただろう。忍びが一匹捕まった。お前は真田の忍びのことなど、覚えているか?」

 納得いかない顔の深成を無視し、真砂は問うた。
 案の定、深成はふるふると首を振る。

「そんなの、覚えてるわけないじゃん。わらわは自分が真田の子供だってことも、知らなかったんだから」

「まぁ……そうだな」
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