夜香花
「……聞いたとおりだ。元々お前が素直に質問に答えるとは思ってないがな、万が一喋る気になったら、身振りで示すんだな」

 男に言いつつ、真砂は手を離した。
 深成は、へたへたと、その場にへたり込む。

「もう、はらはらするなぁ。お前もちょっとは立場をわきまえろよ」

 茫然とする深成の耳に、ぼそ、と囁きが聞こえ、ちょい、と後ろから着物を引っ張られる。
 我に返って振り向くと、捨吉がこそりと深成の後ろに控えていた。

 こそこそと、深成は捨吉に身を寄せた。
 やはり、真砂が怒ると恐ろしい。
 あのまま顔を握り潰されるかと思ったほどだ。

 それは怒りを向けられた深成だけではない。
 里の男たち全員、青くなって俯いている。

 真砂は男の前にしゃがみ込み、じろじろと男を観察した。

「典型的な忍び装束だな。おい清五郎」

 ひとしきり男を眺めた後、真砂は清五郎を呼んだ。

「どんな感じだった?」

「……それなり、だったぜ。気配を消すのも、十分注意してたしな。腕はそう立つほうじゃないようだが、多分諜報要員なんだろ。里を探るのが目的だったと見るが」

 短い真砂の問いにも、清五郎は的確に答えを返す。
 一つ頷き、真砂は男に目を戻した。

「ここを知ったのは、細川屋敷から繋いだんだな?」

 いきなりの質問だが、男は表情を動かさなかった。

「湯浅五助辺りから、細川屋敷のことを聞いたんだろう。ここに来るまでに刻がかかったのは、見つけにくかったということもあろうが、それまでに、そんなことを聞いたことがなかったからではないのか?」
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