夜香花
「凄い!」

 嬉しそうにぱちぱちと手を叩いてはしゃぐ深成に向かって、真砂は握っていた鮎を、ぽい、と投げた。
 深成は目を剥いて、両手を差し出す。

 だがぬるりとした生魚など、空中で受け止められるわけはない。
 つるりと深成の両手をすり抜けた鮎は、ぽちゃんと足元の水に落ちると、慌てて泳ぎ去っていった。

「ああっ! ……逃げちゃった……」

 しょぼん、と肩を落とす深成だったが、不意にキッと顔を上げると、真砂に詰め寄った。

「何で投げるのさっ! あんなの受け取れるわけないでしょっ」

「お前が鈍くさいだけだろうが。大体お前の狙いは鮭だろ。ま、ここにゃ鮭なんぞ来ないがな」

「何だとぅっ! そこまで知ってて、何で教えてくれないのさっ」

「そんなこと、当たり前だろ。お前まさか、川にはどこにでも鮭がいるものだとか思ってるんじゃないだろうな?」

 うぐぐ、と黙る深成に背を向けると、真砂はざぶざぶと先のほうに歩いていき、深くなったところに頭から突っ込んだ。
 そのまま泳いでいく。
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