夜香花
「えいっ。このっ」

 ばっしゃんばっしゃんと、遠慮なく水飛沫を上げ、どうやらようやく鮎をしっかりと掴んだらしい。
 不意にがばっと身体を起こした。

「やったぁ!」

 どうだ、と言わんばかりに、真砂に向かって掴んだ鮎を示してみせる。
 満面の笑みで仁王立ちしていた深成だったが、真砂と目が合った瞬間、はた、と自分の姿に気がついた。
 素っ裸である。

「あっ……あにゃーーっ!!」

 ざぶーん! と、慌てて深成は水に潜った。
 だが手には仕留めた鮎を握っているので、身体を丸めて肩まで水に浸かっただけだ。

 深成が荒らした水面が、元の穏やかな流れに戻り、周りに静けさが戻った頃、そろそろと深成は真砂に視線をやった。
 真砂は深成の裸に何の反応もしない、とはわかっているが、むしろいつもの冷たい視線で見られるのも、いたたまれないのだ。

 だが。
 俯いた真砂の肩が震えている。

---え……---

 思わず、じぃっと見つめる深成の視線の先で、真砂が顔を上げた。
 笑っている。
 声を殺すように、拳を口に当てているが、小さく、くくく、と忍び笑いが聞こえた。

---ま、真砂が笑ってる……---

 自分の状況も忘れ、深成は身体半分水に浸かったまま、真砂を凝視した。
 やがて真砂はいつの間に捕ったのか、鮎を二匹串に刺すと、火にくべた。

 ようやく深成は、そろそろとそのままの姿勢で、岩の陰へと移動する。
 岩の上に捕った鮎を置き、もう一度鮎捕りに挑戦する。
 すっかり笹のことなど、頭から抜け落ちている深成なのだった。
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