夜香花
 ぽかんと、真砂は深成を見つめた。
 傍にいれば安心などと、今まで言われたことはない。

 むしろ傍にいたほうが危ないだろう。
 真砂にとって、戦闘中に傍にあるものは、盾でしかないのだ。
 里の者も、皆それを心得ている。

 不意に深成が、きゃはは、と笑い声を上げた。

「何か今日は、新鮮な発見がいっぱいだぁ。そんな阿呆面の真砂も、初めて見た」

 さもおかしそうに、深成は、きゃきゃきゃ、と笑い転げる。
 清五郎や捨吉がいたら、瞬時に空気が氷結するだろう。
 この真砂に向かって、阿呆とは。

「真砂もさぁ、そんな表情も出来るんじゃん。いっつも何考えてんだかわかんない無表情で、つーんとしてないでさ、さっきみたいに笑ってみれば? 折角見かけが良いのに、勿体ないよ? 無理してるんじゃないの? 疲れてるから、今日なんてぐっすり寝てたんじゃないの?」

 鮎の刺さっていた串を振りながら言う深成に、真砂は眉間に皺を寄せた。
 確かに今朝のことは、自分とも思えない失態だ。

 疲れているとか、そういうことではない。
 疲れていようが、あってはならないことなのだ。

 そもそもそんなに『疲れる』こと自体が、あり得ない。
 乱破がへとへとになるなど、それこそあってはならないことだ。

「ほらほら、またそんな顔して。お腹が満たされたら、それだけで幸せな気分になるでしょ。そんなむっつりしないのっ」

 いきなり深成が傍に来て、真砂の頬を両側から引っ張った。
 さすがにこれには、真砂も手を振って、深成の手を、ぺしっと払った。
< 364 / 544 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop