夜香花
 それに、真砂を襲ったときに躊躇いがあったというなら、それは自分が死にたくないとかいう保身ではなく、多分、真砂を斬ることに躊躇いがあったのだ。
 僅かでも一緒にいた人間である。
 その間ろくなことはされていないが、考えてみれば、さほど邪険に扱われてもいないような。

 千代などは殴られた上に、首根っこを掴んで放り出されたのに、深成はそこまでされたことはない。
 あのとき千代は真砂に刃を向けたから、という理由は、それこそ本気で真砂に刃を向けた深成が、そのまま家に放置されたことからしても、成り立たない。
 血みどろで放置されたとはいえ、外に放り出されたわけではない。

 そこまで考えて、深成は、あ、と顔を上げた。

「あんたも、よくわかんないよね。あんなに手酷くわらわをぶちのめしたと思ったらさ、手当てとかしてみたり」

 ぴく、と真砂の片眉が上がった。

「……手当て?」

「消毒してくれたんでしょ」

 ぽん、と己の肩を叩く深成に、真砂は少しだけ口を引き結んだ。
 が、ああ、と小さく呟く。

「何故俺だと?」

「あんちゃんが言ってたの。あんちゃんが来てくれたときには、すでにお酒がかかってたって。あんちゃんが来る前にいるのって、真砂だけじゃん」

 ちょっと考えて、『あんちゃん』というのが捨吉のことだとわかる。
 あいつは、と少し渋い顔をして、真砂は小さく舌打ちをした。
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