夜香花
 なのに深成は、突き落とすどころか、懸命に袖を引っ張っていた。
 何を考えているのか、と、真砂は腕を突き出したまま、青くなっている深成を見た。

 真砂の手に、僅かに震えが伝わる。
 深成が震えているのだ。

「頭領……」

 捨吉が、小さく声をかけた。
 それに真砂は息をつくと、突き出していた腕を、振り下ろすように戻した。
 深成が、べちゃ、と真砂の足元に叩き付けられる。

「全く、ほんとにわけのわからん奴だな」

 小さく呟く真砂の後ろから、捨吉が、そ、と進み出て、深成を覗き込む。
 砂にまみれた身体を払ってやると、深成はへたり込んだまま、顔を歪めた。

「……うっ……うええぇぇ~~ん」

 ぼろぼろと大粒の涙を流して、深成が泣き出す。
 捨吉はちょっと驚いた顔をしたが、すぐに苦笑いをしつつ、深成の頭を撫でた。

「ほらほら、そんな泣くんじゃないよ。何も頭領だって、本気で落とそうとしたわけじゃなし。ちゃんと支えてくれただろ? ……ああ、膝、擦りむいてるな」

 えっく、えっく、と涙を拳で拭いている深成の膝を見ている捨吉を、真砂は冷めた目で眺めた。
 さすがに捨吉は、子供の扱いに慣れている。

 羽月はまるっきり子供丸出しの深成に、呆気に取られているようだ。
 我に返ったら、こんな子供に負けたことに、また腹が立つかもしれない。
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