夜香花
「この辺りには、他に村もない。当たり前だが、そんな人里近くに忍びの里があるわけないしな。死体のあった崖も、ここからそう遠くないところだ。……おそらく真田の忍びは、つけられたんだろう」

「つけられた?」

 捨吉が、驚いた声を上げた。
 広場の端で、縛られた男も、目を見開いて真砂を見ている。
 自分がつけられていたなどと、思ってもいなかったのだろう。

「あいつらだって、忍びでしょう? 忍びのくせに、尾行されたってんですか? それぐらい、気づくもんじゃないんですか?」

 捨吉の横で、羽月が少し馬鹿にしたように言った。
 だが真砂は、そんな羽月に冷たい目を向ける。

「一口に忍びと言ったって、上から下までいるだろ。忍びを名乗っていたって、他人の気配も感じられない奴もいる。今の今まで戦ってた奴が目の前で消えただけで、敵を見失う奴もいるしな。人が手妻のように消えるわけないだろ。その辺にいるに決まってんのに、そんなこともわからん奴は黙っておけ」

 以前の己の失敗を言われ、羽月は口を閉ざした。
 そして、ぎ、と真砂の横の深成を睨む。

「見たとこ、あの捕まえた奴だって、そう大した忍びじゃない。俺たちを甘く見てたのもあるだろうが、とりあえずは居所を探るだけだったんだろう。能力よりも、まずは体力重視で選んだんじゃないか? 姫……を奪ってこいとは、言われてないと思うぜ」

 『姫』の部分で、真砂は言いよどんだ上に、ちょっと妙な顔をした。
 清五郎と捨吉が、そんな真砂に、下を向いて密かに笑いを噛み殺した。

 『姫』とは深成のことだ。
 深成のことをよく知る真砂だからこそ、彼女を『姫』と言うのに抵抗があるのだろう。
 それなりに深成を知る清五郎と捨吉には、その気持ちがよくわかる。
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