夜香花
「しかし、真田がどうのとか、今はそこまでの話ではない。真田側の忍びは殺されているんだ。ここに攻めてくるのは、間違いなく東側。それが問題なんじゃないか」

 清五郎が声を張り上げた。
 今は深成をどうするかよりも、里全体をどうするかである。

 深成がここにいることで、危機に陥ったことは否めないが、そんなことは今更もうどうすることもできない。
 彼女がここにいることは、最もバレてはならないところにバレてしまった。
 今から深成をどうこうしたって、事態は変わらないだろう。

「……頭領のお考えは?」

 中の長老が、再び真砂に聞いた。
 しん、と皆の視線が真砂に集まる。

 再び、真砂は目を伏せた。
 ここのところ感じていた不安は、これだったのか。

「とりあえず、回避出来るに越したことはないだろう。どの程度の兵を繰り出してくるかはわからんが、別に迎え撃つ必要もない。逃げられるなら逃げたほうがいい」

 負けたらおそらく里が壊滅するが、勝ったところで、こちらに利になる戦でもない。
 それなら戦うことすらせず、姿を隠したほうがいい。

 真砂は傍らに置いた刀を手に、立ち上がった。
 袖を握っていた深成が、慌てて顔を上げる。
 だが周りの空気に、軽はずみな行動は出来ないと思ったようで、そろ、と手を離した。

 真砂はそのまま人の輪から外れて、広場の大木に近づいていく。
 皆が真砂を見守る中で、捨吉だけは、深成を窺った。

 深成も皆と同じように真砂を見ているが、真砂が離れるほどに、その幼い表情には不安の色が濃くなる。
 親にはぐれた雛鳥のようだ。
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