夜香花
 真砂は大木に縛り付けられている男の前に立った。
 じっと男を見つめた後、おもむろに下げた刀に手をかける。

 しゃっと、真砂の右手が払われた。
 同時に、ぱらりと男の戒めが落ちる。

 いきなり身体が自由になり、男は一瞬前に傾ぎ、地面に手を付いた。
 そのまま蹲る。
 戒めを斬られたからといって、すぐに動けるほどの体力はないのだろう。

 真砂は男をそのままに、元の位置に戻った。
 そして、党の中でしか使わない暗号で、ある場所を皆に示した。

「あとは皆、おのおの自分で考えて動け」

 里の者全員が、大きく頷く。
 真砂はある場所を示しただけで、どうしろと言ったわけではない。
 いつものように、情報だけ与え、手段は指示しない。

 だがそれだけでも、皆は即座に真砂に従う。
 真砂の言わんとしていることを理解し、その通りに動くのだ。

 ばらばらと、広場に集まっていた者たちが散っていく。
 真砂も自分の家へと足を向けた。

 その後を、少し遅れて深成がついてくる。
 だがその姿は、いつもの元気はなく、躊躇いがちだ。

 深成は、ちらりと広場を振り返った。
 縛り付けられていた曲者は、いつの間にか姿がない。

 少し離れた茂みの奥から、からからと僅かに仕掛けられた罠の音がしている。
 逃げた曲者が、ちょこちょこ音を立てているのだろう。
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