夜香花
 キッと睨む深成に、真砂は片眉を上げた。

「へぇ。お前がその言葉を知っているとはな」

 『草』という存在を知っている者は少ない。
 忍びであれば知っているだろうが、普通はそれが指す意味までは知らないものだ。

 まして深成のような、忍びの党で育ったわけでもない子供が知っているはずはない。
 下手に口に出してしまったことで、真砂は深成に対する疑いを深めたようだ。

 だが、真砂の過去を長老に聞いた、とも言いにくい。
 弁解出来ず、深成は唇を噛みしめた。

「……まぁいい。今更真実がわかったところで、どうもならん」

 そう言い捨て、真砂は背を向けた。
 その背を見た途端、深成の中で、何かが弾けた。

「真実って何さ! 何でも一人で勝手に納得しちゃってさ! あんたの中のわらわに、何の真実があるっていうの!」

 いきなり浴びせられた叫びに、真砂は振り返った。

「お前に対する真実なんぞない。お前がどこぞの草だったとしても、今更どうにもならん、と言ったまでだ。よく考えれば、それもおかしな話だがな。お前は真田の姫君だ。お前の真実はそれだけかな。だとすると、別に真田がこの里を狙う目的もないわけだし、まして細川の仇討ちに、俺やこの党を狙うはずもない。わざわざ大事な娘を乱破の里に潜り込ませるようなことはせん」

「そこまでわかってんなら、何でわらわを置いていくのさ!」

 ぼろぼろと涙を流しながら、深成はだだだっと真砂に駆け寄り、袖を掴んだ。
 真砂が、ちょっと訝しげな顔をする。
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