夜香花
「……わかんないけど」

 さっきまでのような取り乱した感じはなく、ぼそ、と言う。
 そして、片手の拳で涙を拭った。
 相変わらず、ぎゅっと真砂の袖を握りしめている。

「怖いんだもんっ!」

「俺といるほうが、よっぽど怖いと皆言うがな」

 真砂は確かに強いが、傍にいる者を守ってくれることはない。
 むしろ傍にいようものなら、盾にされるのがおちだ。

 戦の始まりそうな今、真砂の傍にいることは、あまり得策ではないだろう。

「わらわは真砂のこと、怖くないもん。離れるほうが怖い」

 ごしごしと涙を拭う深成を、真砂は微妙な気持ちで見つめた。
 深成の言うことは、さっぱりわからない。
 初めから、この小娘の言動は、真砂の理解を超えていたのだ。
 今まで接してきた、どの人間とも違う。

「まぁいい。ついてくるなら、懐剣を持ってさっさと来るんだな」

 真砂が言った途端、ぱあぁっと深成の顔が輝いた。
 まだ目に涙は溜まっているが、そのあまりに嬉しそうな顔に、真砂は思わず気圧される。

「うんっ! ちょっと待って」

 大きく頷き、深成はやっと、握っていた袖を離した。
 が、すぐに真砂の手を取る。

 今度は手をぎゅっと握り、深成はそのまま真砂を引っ張って、部屋の奥へと走った。
 置いていた懐剣を取り、すぐに戸口に向かう。
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