夜香花
 何ともないただの森であれば、音を立てずに進むことなどわけないことだが、今は周囲を炎が囲んでいる。
 道を開くために、燃えた草木を斬り払わねばならない。

 周囲が燃える音に紛れてはいるが、やはりその音を聞きつけて、敵が襲ってきた。
 しかも、そういう音を聞き分けられるのは、逃げ腰になっている兵士ではない。
 それなりの腕を持った、忍びたちだ。

 捨吉が前に降り立った忍びに、刀を抜いて斬りかかった。
 その間にも、他の者目掛けて苦無が飛んでくる。

 深成は懐剣で何本か苦無を叩き落としたところで、長老の腕を引っ張って身を沈めた。
 全て叩き落とせるほどの数ではないし、そんなに苦無を弾いていたら、懐剣のほうが痛んでしまう。
 身を低くして、走り出した。

「おじぃちゃん、ちょっと辛い体勢だけど、頑張って」

 後ろから長老を押しながら、深成はなおも迫る苦無を弾きながら進んだ。
 普通の老人では、中腰で山道を駆け抜けることなど至難の業だが、長老は年老いてもそれなりの乱破である。
 杖代わりの槍を器用に操って、敵を倒しつつ風のように走る。
 屋敷から連れ出した直後は支えが必要だったが、それは煙を吸い込んでいたためらしい。

 深成は少し安心し、さっき追い越した捨吉を振り返った。
 大柄な忍びにのしかかられている捨吉に仰天し、駆け寄ろうとする。
 が、忍びはぐらりと体勢を崩すと、捨吉の前に頽れた。

「あんちゃんっ」

「大丈夫だよ」

 身を起こした捨吉は血まみれだったが、それは返り血だったようだ。
 ぱんぱんと身体を叩くと、捨吉は倒した忍びから刀を抜き、深成を促した。

「行こう」
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