夜香花
「ぼけっとするな。移動するぞ」

 そんな甘い考えを打ち砕くような冷たい声がし、ふ、と深成の背から温かみが消えた。
 慌てて振り返ると、真砂はすでに背を向け、結構離れていた。

 庇ってくれるとはいっても、本当に優しさの微塵もない、と口を尖らせ、深成はそろそろと真砂の背を追った。
 振り返りもせず、結構な速さで移動する真砂は、うっかりすると深成など置いていきそうな勢いだ。

---気に入ってんなら、もうちょっとぐらい優しくしたらどうなのさーっ!---

 心の中で悪態をつき、半泣きになりながらも、深成は必死で真砂を追った。
 しかし、いつものすばしっこさが出ない。
 前に切り裂いた膝から出血しているのだ。

 あの後捨吉が傷は洗い流してくれたが、里が騒然として忙しかったこともあり、ちゃんとした手当ては出来なかった。
 とりあえず自分で布を巻いておいただけなのだが、落ちたところが岩場だったようで、見事にざっくりと切れていた。
 まだ治りきっていないのだ。

「うう……」

 傷の痛みを堪えながら、深成は必死で足を動かした。
 一瞬でも立ち止まったら、もう真砂のことは見失ってしまいそうだ。

 だが不意に、深成は前にすっ転んだ。
 何かに躓いたのだ。

 慌てて起き上がると、足先に一本の苦無が突き刺さっている。
 さらに、前方から金属音がした。
 見ると、真砂の前に忍び装束が群がっていた。
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