夜香花
 捨吉が去ってしばらくは、深成はじっと座って、真砂の様子を見ていた。
 いくら意識がないような状態でも、甲斐甲斐しく世話をするのは躊躇われる。
 そういう空気だけで、拒否されそうだ。

 手負いの獣の相手をするには、不用意に近づかないのが一番である。
 真砂は多分、今はそういう状態だ。
 近づく者は、感覚で察知するだろう。

 それでも。

 深成は、奥の木箱から小さい器を取り出し、捨吉が持ってきてくれた薬草を入れると、石でごりごりと磨り潰した。
 傷口を焼いて血は止めたが、それだけだ。
 薬草を貼り付けて傷を縛っておくことぐらいは必要だろう。

「んしょっと。こんなもんかな」

 水を足しながら練った薬草を、白布にたっぷりと塗り、深成はそろそろと、真砂に近づいた。
 真砂はぴくりとも動かない。

 左腕に手を伸ばし、少し躊躇う。
 焼け爛れた切断面を間近で見る勇気が出ない。

---でもこれは、わらわのためだもん……---

 そう思った瞬間、ぎゅっと胸が痛んだ。
 じわ、と涙が浮かぶ。
 ぶんぶんと頭を振ると、深成は意を決して、そろ、と真砂の左腕を取り、立てた自分の膝に置いた。

 深成の手が触れた瞬間、ぴくりと真砂の腕に力が入った。
 壁にもたれたまま、うっすらと真砂が目を開ける。
 突き飛ばされるかと思ったが、真砂は特に動かず、目の前で己の左腕を縛る深成を見ていた。
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