夜香花
「これでよし」

 ぽんぽんと手を叩き、とりあえず深成は自分の帯を解いて、単だけになった。
 着替えはないので、単は着たまま乾かそうと思ったのだ。
 袿を蔦にかけ、火の傍に座り込む。

 やっと人心地つき、深成はそろ、と懐から懐剣を取り出した。
 鞘を払うと、すっかり血に曇った刀身が現れる。
 真砂の血に濡れた刀身には、はっきりと対い蝶と六文銭が浮かんでいる。

 真田の姫君。

 深成の正体がわかった途端、いきなり周りが騒がしくなった。
 もしかして、捨吉と赤目のほうに行ったときに、気づかれたのではないか。

 この里から出ることなく、大人しくしていれば、深成の存在は真田側にも東側にもバレずに暮らせたのではないか。
 そう思ったが、深成はふるふると頭を振った。

---それでも、いつかはバレたんじゃないかな。それに、わらわがこの里で暮らしたいと思っても、真砂がそれを許すとも思えないし---

 じわ、と涙が浮かぶ。

---わらわ、どうすればいいんだろう---

 若干十一歳で、最早頼るところもない。
 真田の姫君だと言われたところで、だからどうすればいいのかもわからないし、第一そんなことをいきなり言われても信じられない。
 真田の記憶など、深成にはないのだ。

 しばらく、くすんくすんと泣いていた深成は、どうやらそのまま寝入ってしまったようだ。
 くしゃん、とくしゃみをし、顔を上げると、目の前の火が小さくなっている。

 慌てて深成は、傍に集めていた枯れ葉を放り込んだ。
 無事火が大きくなると、そろそろと薪をくべる。
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