夜香花
 そのとき、ひゅ、と風が揺れたかと思うと、とん、と洞穴の入り口に、清五郎が降り立った。
 捨吉と同じように、蔦葛を使って降りてきたのだろうに、入ってくるまで全く気づかなかった。
 さすがである。

「真砂」

 声をかけるなり、大股で近づく。
 が、手にとって見るまでもなく、真砂の左腕は右腕よりも明らかに短い。

 それ以前に、左の袖は、元々引き千切って、ないのだ。
 剥き出しの左腕は、肘から先の僅かな部分、白い布に覆われている。

「何てことだ……」

 清五郎が絶句する。

「いくら待っても来ないが、まさか真砂がやられるとは思わないから不思議でしょうがなかったが……。まさか、腕をなくしているとは……」

 悔しそうに言う。
 腕をなくした本人よりも、よっぽどやりきれない、といった感じだ。
 真砂は黙っている。

「でも、峠は越えたようだな? 他に怪我はないのだろう?」

 まじまじと真砂を見、清五郎は、ちょっと気を持ち直したように言った。
 真砂は僅かに、眉間に皺を寄せる。

「何だよ、お前まで」

「心配するのは当たり前だろう」

「心配? 俺を、か?」

「真砂がやられるとは思ってなくても、姿が見えないと、心配するのは当たり前だぜ」
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