夜香花
 少しだけ、男の片眉が上がった。
 視線は再び、深成に移る。
 捨吉の後ろから、深成は男をまじまじと見、やがて、恐る恐る口を開いた。

「……六郎?」

「思い出してくださいましたか」

 無表情だった男の顔に、笑みが浮かぶ。
 途端に深成も、ぱっと笑顔になった。

「ほんとに? うわ、何でここがわかったの?」

 捨吉の後ろから、男に駆け寄ろうとする深成を、捨吉は慌てて押し留めた。

「ちょ、ちょっと。誰なんだよ」

「あ、えっとね。わらわの小さいときからの遊び相手だよ。六郎っていうの」

「小さいときって、いつの話だよ」

「ん~? いつだろ。ほんっとに、思い出したのが奇跡ぐらいの昔だよ。でもすっごく楽しかったから覚えてた。あ……」

 にこにこと話していた深成が、不意に真顔になった。
 軽く頭に手を当てて固まる。
 男の記憶がきっかけで、当時のことが蘇ってきたらしい。

「……於市様。お迎えに来たのですよ。さぁ」

 男が進み出、深成に手を差し伸べる。
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