夜香花
---……？---

　あの男が、ここまで来た曲者に気づかないはずはない。
　何も起こらないことを訝しく思いつつ、意を決して、そろ、とまつは簾を押してみた。

　真っ暗な部屋の中に、必死に目を凝らす。
　闇の中に蠢く影を認め、あえぎ声のようなものに気づいた途端、まつは簾にかけていた手を、素早く引っ込めた。

　だが一瞬早く、闇の中から飛んできた細い縄が、まつの手首に絡みつく。
　同時に縄を引かれ、まつは部屋の中に引っ張り込まれた。
　勢いがついて、どさ、と転がったまつは、慌てて顔を上げる。

「真砂様？」

　片手で縄を持っている真砂を見たまつの目が、驚きに見開かれる。
　真砂の向こうに、裸の千代がいたのだ。

「ち、千代っ」

　まつは真砂が殺した室の元で、千代と共にいたのだ。
　千代が室の前で正体を露わにしたとき、まつは真砂に蹴られて気を失っていた。
　だから千代が、真砂側の人間だと知らないのだ。

「お、おのれ、千代まで……」

　まつは、キッと真砂を睨み付けた。
　あの屋敷から、千代は真砂に略奪されて、弄ばれているのだと思ったようだ。
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