夜香花
「とにかく、経験もないくせに、そんなわけのわからん理屈でどうこうできる問題でもないんだ。こいつは九度山に迎えられれば、安全に暮らせるのか?」

 真砂からしたら、深成の言うことなど子供の我が儘なのだ。
 さっさと話を打ち切り、六郎に問う。

「もちろん。そなたの言うとおり、血筋の問題もあるが、ご正室様が懐妊されておられる。それに於市様もまだまだお小さい故、そのような思惑あってのことではない。先がどうなるかわからぬ故、殿もお方様も、お隠しになった於市様と、今のうちに再会しておきたいと思われたのだと思う。先にも言ったが、殿は於市様を可愛がっておられた。五助殿に預けられてからも、ずっと気にしておられたし」

 行方を必死で捜したのも、預けていた湯浅五助が討たれた、という情報がもたらされたからだと言う。

「於市様。殿もお方様も心配されております。もちろん我ら十勇士も。帰りましょう」

 改めて、六郎が深成に向き直る。
 焚き火の火を受けて、深成の瞳が揺れる。

 六郎と会ったことで、僅かだが当時の記憶も蘇った。
 だがやはり、実感はないのだ。

「……深成が、間違いなく、その……於市だって、確証はあんのかよ」

 捨吉が言う。
 捨吉としては、折角真砂が初めて気に入った深成を帰したくないのだ。

 さっき、深成は『真砂は大事に想う人がいない』と言ったが、そうではない。
 さっきは真砂のあまりの感情のなさに驚いたが、まだそこまでではないのだろう。
 真砂が自分で気づいてないから、そこまで深成を大事だとは思ってないのだ。

 事実、捨吉にも果たして真砂がどの程度深成を想っているかはわからないし、正直に言うと、真砂が深成を『想っている』とも思えない。
 ただやはり、気に入っている、とは思うのだ。

 千代やあきのような、里の娘と同じようには思っていないはずだ。
 それだけは確信がある。

 まして真砂は片腕になった。
 真砂の気に入る深成は必要だ。
< 473 / 544 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop