夜香花
「何となくでも、記憶はあるでしょう? それこそが、於市様である証拠ですよ」

 深成は黙っている。
 悩んでいるようだ。

「深成……。お前はここに、残りたいって言ってたよな?」

 捨吉が、深成を窺いながら言う。
 深成が残りたいと言ったところで、はいそうですか、とはいかないことぐらいわかっているが、出来ることなら残って欲しい。

「頭領。頭領だって、深成がいてくれたほうがいいでしょう?」

 真砂にも言ってみるが、真砂は特に反応しない。
 深成も、ちらりと真砂を窺った。

「わ、わらわがここにいたら、また皆が危険な目に遭う……かな」

 ぼそぼそと言う。
 六郎が、少し意外そうに深成を見た。
 このように、今は家もないような状態の乱破の群れにいるよりも、元の屋敷に戻るほうが、よっぽど良いに決まっている。

「う~む。さし当たっては、大丈夫かと思いますが。まぁ安心は出来ませぬなぁ。今回のことで、於市様の存在が他にも漏れた可能性があるわけですし。そう考えれば、於市様がここに残る利など、ないと思いますが」

 何を迷うことがあるのだろう、と、六郎は説明する。

「そう……なんだけど……」

 なおもぼそぼそと、下を向いて言う深成は、ちろ、と長老を見た。

「おじぃちゃんは、どう思う? わらわ、やっぱり帰ったほうがいいかな」

 残りたいのは山々だが、微かに記憶のある父親や、六郎たちのことも気になる。
 それにやはり、今回の戦を目の当たりにしてしまったため、本来あるべき場所に帰るのが一番なのではないか、という思いが大きくなっているのだ。
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