夜香花
「この外道っ! お方様だけでは飽きたらず、千代にまで手を出して!」

 叫んで立ち上がろうとしたまつだったが、軽く真砂が手を引いただけで、再び縄に引っ張られ、すてんと転ぶ。

「……何をしに来たんだ、お前は」

 あまりの軟弱さに呆れつつ、真砂は、ぐいっと片手で縄を引っ張った。
 転がったまつが、顔をしかめてずるずると真砂に引き寄せられる。
 細い縄が手首に食い込み、まつは歯を食いしばった。

「あらあら。よく生きていたわねぇ。しかも真砂様の元へ乗り込んで来るなんて、信じられない。真砂様、この子にこの家を教えたのですか?」

 脱ぎ捨てていた着物を引っかけ、千代はまつの前にしゃがみ込んだ。

「ち、千代……?」

 まつの顔から、血の気が引く。
 その様子をおかしそうに眺め、千代は、くい、とまつの顎に手をかけた。

「ふふ、驚いた? 私は真砂様の命で、あのお屋敷に入り込んだ間者よ。お前が慕ってくれたお陰で、屋敷内のことがよくわかったわ。ありがとう」

「そ、そんなっ……」

 驚きに目を見開くまつを、真砂は黙って見ていた。
 真砂はそんなことよりも、別のことが気になった。

 このような子供が、罠に引っかからずにここまで来られるはずがない。
 それ以前に、この里を、どうやって突き止めたのだ。

「千代。お前、この娘に里のことを喋ったのか」

 じろ、と見られ、千代は少し竦み上がった。
 が、ぶんぶんと首を振る。

「とんでもない! そんなこと、何があっても口にしません!」
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