夜香花
 しばらく歩いてから、そ、と深成は振り返った。
 仮里の明かりも、随分遠ざかった。

 そのとき不意に、ざざっと葉音がし、横の崖の上から捨吉が飛び降りてきた。

「深成。ほんとに行くのかよ」

 慌てて追ってきたらしく、少し息が上がっている。
 深成は、こくりと頷いた。

「あんちゃんも、いろいろありがとね。元気でね」

 無理矢理笑顔を作って言うが、捨吉は深成に詰め寄った。

「何でだよ。頭領の傍にいたいって言ってたじゃんか。頭領だって、深成にいて欲しかったはずだよ」

「んん、でもやっぱり、わらわがいたら、皆に迷惑だもの。真砂だって、別に止めなかったし」

 俯いて言う深成の顔が、不意に歪んだ。
 ぎゅ、と瞑った目から、いきなりぼろぼろと涙が溢れ出す。

「あんちゃん……。真砂はやっぱり、わらわのこと、迷惑だったのかなぁ」

 ぼたぼたと涙を流しながら言う深成に、捨吉は絶句した。
 六郎も、驚いて見ている。

「そりゃ、散々邪魔だって言われてきたけど。でも本気で叩き出されたりはしなかったし、わらわは楽しかったのに。真砂がわらわに世話されるのを嫌がらないのだって、嬉しかったのに」

 えぐえぐとしゃくり上げながら、拳で涙を拭う。
 捨吉は手を伸ばして、深成の頭を撫でた。

「そんなに頭領が好きなら、残ればいいじゃないか」

 だがふるふると、深成は首を振る。

「その真砂は、あんな状態だもの。またこんな戦があったら、まだ傷も治りきってないし、危ないじゃん。わらわはやっぱり、早々に消えたほうがいいんだよ」
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