夜香花
第三十七章
 さらさらと桜が舞い、木の根元に眠る深成を彩っている。
 僅かに風が動き、不意に眠る深成の顔に影が落ちる。
 ふ、と目を開ければ、目の前に六郎が立っていた。

「……まだ外で眠るには、お寒いでしょう。お風邪を召されたら、また一大事ですよ」

 跪いた六郎が言う。
 深成はぼんやりと、降ってくる桜を見上げた。

「わらわが死んだら、桜の下に埋めてよね」

 ぽつりと言った深成に、六郎は眉を顰める。

「またそのようなことを。此度、婚儀も整ったのですから、そのようなことは仰らぬよう」

 六郎の言葉にも、深成は桜を見上げたまま。

 あれから三回目の春。
 深成も、それなりの娘に成長した。
 屋敷に戻った娘に、父親である真田 信繁は大いに喜び、正室である利世(りよ)も、産まれたばかりの長男共々可愛がってくれている。

 だが深成は、帰ってきてから身体の調子が思わしくなく、病がちになってしまっていた。
 ほとんど部屋に籠もっているが、六郎などが様子を見に来ると、たまに今のように、不意に外で過ごしたりしていて、いまいち病状がはっきりしない。

『う~む、やはり今まで傍にいてやらなんだのが悪かったのであろう。これからは、もっと常に傍にいる者が必要か。姫を、これ以上寂しがらせるわけにはいかん』

 よほど可愛がっていた娘なのだろう、信繁はそう言って、翌年から深成の良き伴侶を捜し始めたのだ。
 選びに選んで信繁が白羽の矢を立てたのが、片倉 小十郎という、深成よりも四つ上の少年だった。
 深成の心とは別のところでこの話は進んでいき、この度正式に、婚儀の運びとなったのだった。

「小十郎様のためにも、お元気になられてください」

 六郎はそう言うが、深成はいまだに小十郎なる人物を知らない。
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