夜香花
「於市様、本当は……後悔しているのではないですか?」

「何を」

「帰ってきたことです」

 深成は再び顔を上げた。
 相変わらず、九度山の春は美しい。
 はらはらと、桜が降り注ぐ。

「後悔はしてない。帰ってきて良かった、とも……思えないけど。でも、父上も母上も喜んでくれてるし。幸せなのかな、とは思う」

 深成の言い回しに、六郎が怪訝な顔になる。

「於市様。ご自分の心が、おわかりにならない……と?」

 しばらく黙って、深成は首を傾げた。
 そのまま、しばし時が流れる。

「どうだろう。でも、里にいた頃みたいに、心が動くことはないかも」

 六郎は、深成をじっと見つめた。
 桜が舞う中に佇む深成は、この三年で見違えるほど大人っぽくなったが、同時に生気がなくなったようだ。
 里で会ったときは、元気溢れる子供だったのが、九度山に来てからは、花がしおれるように、病がちになってしまった。

「於市様、何だかあの男に似てきましたな」

「あの男?」

「乱破の頭領ですよ」

 瞬間、僅かに深成の眉間に皺が寄った。
 それを、六郎は、ちょい、と指差す。

「ほら、そういう表情。それに、於市様は表情がなくなってしまわれた。楽しそうにされることもない代わりに、悲しむこともないような。里にいた頃の於市様を、それがしは、さほど存じ上げませんが、それでもその短い間で、於市様はくるくると、よく表情を動かしておられましたよ?」

「そう……かなぁ。ああ、真砂はこういう感じだったんだ。何事にも冷めてたし、何が起こっても、別段何とも思わない。だから顔にも出ないんだよね。……でも」

 視線を落として、深成は足元に溜まった花びらを眺めた。

「真砂だってねぇ、わらわが見る限り、結構いろんな表情してたよ。最後のほうは特にさ、笑ったりしてた」
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