夜香花
「笑った?」

 心底驚いたように、六郎が目を剥く。
 里での深成をあまり知らないのと同じように、六郎は真砂のことだって、さほど知らない。

 だがあの尋常でない気を持つ男が笑うなどとは、到底思えない。
 人を近づけないのはもちろん、目に付くもの全てに牙を剥くような、猛獣のような雰囲気だったのだ。

 六郎だって、それなりの忍びだ。
 僅かな時間でその人物を見抜く力だってある。
 己の受けた印象は、間違いではないだろう。

「残念ながら、俯いてたし、拳を口に当ててたから、笑顔が見えたわけじゃないけど。でもまぁ、一回だけだったな。寝顔も一回だけ見た。その後真砂自身も驚いてたけど、その驚いた顔も初めてだった。真砂もね、よく考えれば、くるくるとよく表情が変わるよ」

「……意外です。でもそれは、於市様を相手にしているからでしょうね」

 顔を向ける深成に、六郎は笑顔を返す。

「於市様は、昔からお元気でおられたし、何事にも、とても楽しそうに取り組んでおられた。我らも於市様のお守りは、とても楽しかったのを、よく覚えております。於市様が笑うと、こちらも自然と笑顔になったものです。我ら臣下の、まして影の者とも警戒心なく打ち解けられて。あの頭領も、そんな於市様に惹かれたのでしょう」

「……まぁ……確かにわらわほど、真砂に普通に接してる人は、いなかったね。でもそれは、わらわも小さかったからかも。今だったら、怖くて近寄れないかもよ」

「そうでしょうか。あの頭領の心を動かしたのは、於市様だけなのでしょう? 於市様の心を凍らせたのは、あの男、ということですかね」

 ふ、と息をつき、六郎は深成を部屋へと促した。

「小十郎様が、きっと於市様の心を溶かしてくれましょう」

「……そだね」

 やはり何の感情もなく、深成は部屋に入っていった。
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