夜香花
とりなすように、影の一つが、ずいっと膝を進めた。
「まぁまぁ。混乱が起こったお陰で、於市様は屋敷から抜け出せたわけですし」
「才蔵。それとて、たまたまではありませぬか。聞けば、うっかり於市は乱破に殺されるところだったとか?」
じろ、と睨まれ、男は、はぁ、と項垂れた。
この才蔵という男は、真田十勇士の長ともいうべき位置にいる。
その才蔵の少し後ろで、六郎は小さくなっているのだった。
「とにかく、折角良き殿方との縁組みも決まったことですのに、肝心の於市が乗り気でないのは問題です。今まで何もしてやれなかった分、殿も張り切って良き相手を選ばれたのでしょうが」
ほぅ、と息をつき、利世は表情を曇らせた。
この時代、相手を知らぬまま嫁ぐ娘など珍しくはない。
武家の娘であれば、己の心とは関係なしに、親に嫁ぎ先を決められるなど当たり前だ。
だが利世は、小さいときに別れたきりであった娘に、出来るだけの愛情を注いでやりたいという、優しい女子なのであった。
嫡男が産まれ、於市が己の子ではなくても、引き取った以上は分け隔てなく育てる、というのが、利世の信念なのだ。
「まだ俗世のことに、慣れておらぬのであろう。細川屋敷では、そうそう町に出て行くことも出来なんだろうし、今はこのような山奥じゃ。何、昔はあんなに元気な奴だったんじゃ。小十郎殿とて、きっと於市も気に入ろう」
かかか、と笑う信繁に、利世はため息をついた。
「まぁまぁ。混乱が起こったお陰で、於市様は屋敷から抜け出せたわけですし」
「才蔵。それとて、たまたまではありませぬか。聞けば、うっかり於市は乱破に殺されるところだったとか?」
じろ、と睨まれ、男は、はぁ、と項垂れた。
この才蔵という男は、真田十勇士の長ともいうべき位置にいる。
その才蔵の少し後ろで、六郎は小さくなっているのだった。
「とにかく、折角良き殿方との縁組みも決まったことですのに、肝心の於市が乗り気でないのは問題です。今まで何もしてやれなかった分、殿も張り切って良き相手を選ばれたのでしょうが」
ほぅ、と息をつき、利世は表情を曇らせた。
この時代、相手を知らぬまま嫁ぐ娘など珍しくはない。
武家の娘であれば、己の心とは関係なしに、親に嫁ぎ先を決められるなど当たり前だ。
だが利世は、小さいときに別れたきりであった娘に、出来るだけの愛情を注いでやりたいという、優しい女子なのであった。
嫡男が産まれ、於市が己の子ではなくても、引き取った以上は分け隔てなく育てる、というのが、利世の信念なのだ。
「まだ俗世のことに、慣れておらぬのであろう。細川屋敷では、そうそう町に出て行くことも出来なんだろうし、今はこのような山奥じゃ。何、昔はあんなに元気な奴だったんじゃ。小十郎殿とて、きっと於市も気に入ろう」
かかか、と笑う信繁に、利世はため息をついた。