夜香花
 里を知られないのは、基本中の基本だ。
 そんなことは、乱破ならば誰でも一番に教え込まれることである。
 己の命を懸けても守り通す、約束事項だ。
 千代には、ここの乱破全員と、真砂を裏切る理由はない。

「こいつは、どういう奴だ。ただの侍女か? どこから来て、いつあの屋敷に雇われたのだ」

「物心ついてすぐぐらいに、お屋敷に引き取られたようです。初めは通いだったとか」

 まつ本人から聞いた情報を、千代は真砂に伝える。

「通い……」

 そんな小さな子供が、わざわざ通いで奉公に出ていたのか。
 真砂はしばらく、蹲るまつを見ていたが、やがて手に持った縄を、天井の梁に投げ上げた。
 一旦梁に巻き付いた縄が落ちてくる。
 それを掴むと、真砂は部屋の奥の杭に結びつけた。

「とりあえず、捕らえておくか。退屈しのぎにはなるかもな」

 少し引き摺られ、まつは部屋の隅で顔を上げた。
 手首に食い込んだ縄は、梁に通されているので、腕は宙に浮いている。
 先の杭に結ばれた縄の端を引かれれば、小さなまつは、身体ごと簡単に吊り上げられるだろう。
 ぞく、と背筋を悪寒が走る。

「真砂様、続きを……」

 我に返れば、千代が真砂にしなだれかかっている。
 慌ててまつは、顔を背けた。

 しばらくごそごそと、千代が真砂の上で動いていたが、不意に小さく悲鳴が聞こえた。
 どさ、と千代が転がる。

「やめだ。出て行け」

 低い声がし、ばさ、と着物を羽織る音がする。
 そろそろとまつが背けていた顔を戻すと、小袖を乱した千代が、茫然と背を向ける真砂を見ていた。
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