夜香花
 別に、里に帰りたい、とは思わないのだ。
 捨吉や長老に、会えたら良いかも、と思うだけで、会いたい、とも、さほど思わない。

 会えなかったら、それはそれでいい、という気持ちだ。
 もう会えないだろうことは、里を出たときからわかっていたことである。

 深成は、視線を外に向けた。
 遊びに行く、と言った捨吉も、あれ以来姿を見せない。

 そもそもここには、忍びを始め兵士も多いし、監視の目もある。
 深成の傍には、常に六郎がいるし、他の十勇士の者もよく深成の元に集う。
 他国の乱破が、おいそれと近づくことは出来ないだろう。

 それに何より、捨吉たちは新たな里を再建しないといけないだろうし、おそらくそれどころではないのだ。
 もしかしたら、随分遠くに行ってしまったのかもしれない。

「ねぇ於市。里でのことを聞きたいわ」

「里? 乱破の里でのこと?」

 ええ、と利世が頷く。
 深成が戻った当初に、大方のことは聞いた。
 だがそれは大まかなことで、どんなところで、どんな人たちと、どういう生活をしていたのか、などの細かいことまでは聞いていない。
 それに、今まで聞いたことのほとんどは、細川屋敷での出来事だったのだ。

「でもわらわが里にいたのって、ほんとにちょびっとの間ですよ」

「いいのよ。その短い間が、於市にとって、一番楽しかった時期でしょう?」

「……」

 少し、深成が驚いたように目を見張った。
 楽しかった……?
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