夜香花
「五助殿といるのも、それなりに楽しかったかもしれませんけども、やはり全てを知っている五助殿は、於市を対等には扱えなかったでしょうし。細川屋敷では当然、楽しいことなどなかったでしょう? お玉殿は優しかったかもしれないけど、於市は侍女の扱いだったのだし」

 深成は黙って利世を見た。
 考えてみれば、利世の言うとおりである。

 多分、昔々に六郎たち十勇士と遊び回っていたころも楽しかった。
 その頃と同じぐらい、いろんなことに心が動き、全力で生きていたのが、あの乱破の里にいた頃だろう。

 ちく、と胸が疼き、深成は胸に手を当てて俯いた。

「昔は於市は、目を離すとどこにもいなくてね。びっくりして、よく探し回ったものだわ。そういうときは大抵、六郎たちと遊んでてね。こちらが考えもしないようなところから出てきて、それにまた驚かされたものだったのよ」

「考えもしないようなところ?」

「ほら、於市もまだ小さかったし、茶室の壺の中とかね。あとはね、屋根の梁の上とか。高い木の上から飛び降りてきたときは、本当、腰を抜かすかと思いましたのよ」

 ころころと笑いながら、利世は懐かしそうに話す。
 深成は、何気なく天井を見上げた。

 梁……。
 深成が梁の上にいるときは、いつでも下に、鋭い瞳の---。

「小さいのに、どうやって梁の上なんか登ったのかって、よく六郎を問い詰めたものだったわ。てっきり六郎が連れて行ったものと思ってね」

「……梁に飛び乗るのって、そんな凄いことなんですかね」

 天井を見上げたまま、深成は呟いた。
 利世はおかしそうに、明るい笑い声を立てる。
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