夜香花
「里から出るときに、あれほど泣いたのは、あの者の存在が、それほど大きかったからではないのですか? 於市様の宝である懐剣を託すほどの者ではなかったのですか?」
「……やめて」
俯いたまま、小さく深成の唇が動いた。
だが六郎は、ずいっと膝を進めて、言葉を続ける。
「少し前までは、於市様は、まだあの者のことを、普通に名で語ることもありましたよ。でも、そうですね。考えてみれば、婚儀の準備が進むにつれて、里の話はしなくなった。いえ、里の話は、最近はお方様とよくされておりますが、頭領の話は、格段にしなくなりましたな。何故避けるのです?」
ここ最近、毎日のように利世と里の話をしているわりに、深成は真砂との話はあまりしない。
したとしても、『真砂』とは言わず『頭領』だ。
真砂との話をするのも、名を口にするのも、まるで避けているように感じるのだ。
「それがしには、於市様は、頭領の名を口にするのを、最も避けておられるように感じます」
「やめてよ!!」
突然、深成が叫び声を上げた。
悲鳴にも似た鋭い声に、思わず六郎は口をつぐむ。
「於市様……」
深成は何か言おうと口を開きかけたが、すぐに閉じた。
きゅっと唇を引き結んで、顔を背ける。
それ以上は何も言えず、六郎は頭を下げると、そっと障子を閉めて立ち去った。
「……やめて」
俯いたまま、小さく深成の唇が動いた。
だが六郎は、ずいっと膝を進めて、言葉を続ける。
「少し前までは、於市様は、まだあの者のことを、普通に名で語ることもありましたよ。でも、そうですね。考えてみれば、婚儀の準備が進むにつれて、里の話はしなくなった。いえ、里の話は、最近はお方様とよくされておりますが、頭領の話は、格段にしなくなりましたな。何故避けるのです?」
ここ最近、毎日のように利世と里の話をしているわりに、深成は真砂との話はあまりしない。
したとしても、『真砂』とは言わず『頭領』だ。
真砂との話をするのも、名を口にするのも、まるで避けているように感じるのだ。
「それがしには、於市様は、頭領の名を口にするのを、最も避けておられるように感じます」
「やめてよ!!」
突然、深成が叫び声を上げた。
悲鳴にも似た鋭い声に、思わず六郎は口をつぐむ。
「於市様……」
深成は何か言おうと口を開きかけたが、すぐに閉じた。
きゅっと唇を引き結んで、顔を背ける。
それ以上は何も言えず、六郎は頭を下げると、そっと障子を閉めて立ち去った。