夜香花
「ほぅら於市。綺麗な反物でしょう?」

 久々に深成の部屋を訪れた利世は、上機嫌で持ってきた真っ白い反物を広げた。

「う~ん、でもやっぱり、於市にはこっちのほうが良いわねぇ」

「て言っても母上。こっちは単用ですよね」

「うふふ。単のほうが、布地が柔らかくて良いでしょう? 直接肌につくものだし、良い物を選ばないとね。何と言っても、夜着ですから」

 意味ありげに言う利世の言葉も、深成には伝わらず、はぁ、と間の抜けた答えが返ってきただけだ。
 利世と共に帰ってきた六郎が、ごほんと咳払いをした。

「それにしても母上。単ばっかりですね」

 どれだけ単に拘りがあるのだろう、というほど、利世は肝心の花嫁衣装のほうはそっちのけで、単ばかりをしつらえている。

「於市には、こういう着物のほうが楽でしょう? 生地も柔らかいし、動きやすいしね」

「……小十郎様のところに嫁げば、そんなせかせか動くこともないでしょう?」

 今だって、大して動いていない。
 姫君として、それなりの武将に嫁げば、それこそそんな動き回るのははしたないことではないのか。
 訝しげに言う深成に、利世は、少し驚いたような顔をした。

「まぁ於市。……お前、それは本心なの?」

「え?」

 深成はますます困惑気味に、利世を見た。
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