夜香花
「わ、わらわは、今の暮らしに不満はありません。小十郎様との婚儀も」
ざわつく心に蓋をするように、深成は胸を押さえて言った。
だが、利世は強い瞳で深成を見据える。
「そう? ……いえ、あなたの全てを疑っているわけではないのよ。不満は、ないのでしょう。でも、本当に小十郎殿のところに嫁いで、後悔しない?」
「後悔だなんて……」
そもそも小十郎という人物自体を知らないのだ。
今そんなことを言われても、答えようがない。
「それに、武家の女子は、自分で相手を決めることなどないって聞いてます。お家のためなんだから、政略結婚が当たり前だって」
「そうねぇ。確かにそうだけれども。そこまでわかっているのに、於市、苦しそうね」
「え……」
「そんな辛そうな於市、初めて見たわ。病で熱が高くても、あまり変わらずぼんやりしている於市なのに」
何か言いたげな利世から、深成は目を逸らせた。
これ以上、話してはいけない。
この話を掘り下げていくと、心の蓋が外れてしまう。
深成は耳を塞いで俯いた。
利世はそんな深成をしばらく見ていたが、やがて、山と積まれた反物の中から、一巻きを手に取った。
「次の満月に、観月の宴をしましょう。ほら、これ。九度山の桜と同じ色で、可愛いでしょう? これで一着、宴用の着物を誂えましょうね」
話題が変わったことで、深成は顔を上げた。
利世の手には、薄い桜色の反物があった。
ざわつく心に蓋をするように、深成は胸を押さえて言った。
だが、利世は強い瞳で深成を見据える。
「そう? ……いえ、あなたの全てを疑っているわけではないのよ。不満は、ないのでしょう。でも、本当に小十郎殿のところに嫁いで、後悔しない?」
「後悔だなんて……」
そもそも小十郎という人物自体を知らないのだ。
今そんなことを言われても、答えようがない。
「それに、武家の女子は、自分で相手を決めることなどないって聞いてます。お家のためなんだから、政略結婚が当たり前だって」
「そうねぇ。確かにそうだけれども。そこまでわかっているのに、於市、苦しそうね」
「え……」
「そんな辛そうな於市、初めて見たわ。病で熱が高くても、あまり変わらずぼんやりしている於市なのに」
何か言いたげな利世から、深成は目を逸らせた。
これ以上、話してはいけない。
この話を掘り下げていくと、心の蓋が外れてしまう。
深成は耳を塞いで俯いた。
利世はそんな深成をしばらく見ていたが、やがて、山と積まれた反物の中から、一巻きを手に取った。
「次の満月に、観月の宴をしましょう。ほら、これ。九度山の桜と同じ色で、可愛いでしょう? これで一着、宴用の着物を誂えましょうね」
話題が変わったことで、深成は顔を上げた。
利世の手には、薄い桜色の反物があった。